【書評/要約】建築を作るものの心 村野藤吾

書籍の紹介文

この本は村野建築が一体どのようにして成り立って建てられたのか、村野が考える建築や建築家とは何かなど、様々な村野の建築哲学が書かれた本です。

建築関係者以外も参加可能な講義を文面化した書籍のため、「様式の上にあれ」など他の村野に関する本に比べ理解しやすい本かと思います。また、対話形式の講義を文面化しているため、読むのも他の書籍と比べ容易です。

村野の体験談が多く語られているため、裏話なども多く面白い本です。

印象的な文

設計の責任者

他所に勤めている人がこの中におられますが、その場合には、自分が担当したのを、自分の作品というのは避けた方がいいと思う。やはり、事務所を代表している人の、その人の作品であるだろうし、そうでなければなりません。p43.44

誰かが決定をしなければ、対外的には価値がないという形式ですね。これは近代の社会がそういう事なんです。それなりに責任を負うものが出てこない限りには、物は動いていかないという事でしょう。P51.52

私はいつも、九十九%関係者のいう事を聞かなければいけない。ただそれでもね、一%ぐらいは自分が建築に残って行く。p52

建築とは何か

渡辺先生の事務所で修行をしている時、渡辺先生は端的にものを言う人で、「村野君ねえ、図面は売れる図面を描いてくれ」といわれた。・・・解釈の仕方によると、大変堕落したような言葉にきこえるけど、最も現実的な、最も厳粛な言葉だと受けとっていいのではないかと思う。p70

誠実にしなければ、とても人様からお引き立て願えないだろうという、多少功利的な考え方もあるわけですが、それだけじゃなくて・・・まあ、影響といえばおふくろでしょうね。p85

階段と便所ができれば、一人前のドラフトマンと見ていいでしょう。その中にはあらゆる寸法、あれゆる感覚が入っている。p89

つまりね、建築というのがわからないのは、いわゆる形而上的な言葉が多すぎるから。形而上的な問題を討議し、議論し、そしてそれで建築というものを抽象的に把握し得るものと思っている。それでわからなくなる。p90

数は、今日の社会である。しかし、一と二の間に、無数の数がある。これが、大切な問題だと思います。私のいう、ヒューマンイズムとは、それを探求することです。p95

建築家とは何か

私が小さい時の話ですが、田舎ですから、隣近所が、夏になると皆水を打つわけです。私の母親は、必ず水を打たせてから、子供を学校へ行かせる。その水を打つ時、自分の前だけでなく、両隣り、お向いに打ち、皆水を打たないと自分の家に水をまいた気がしない。美しくないということです。これが、ひょっとしたら、私が建築家の端に加えてもらえる点じゃないかと思います。 自分の前だけでなく、両隣りまで、それから向いの方も水を打たないと、本当に美しいという感じがしない。これは私が別に言われたわけじゃないから、自分の家の前だけやれば良いわけです。それを両方と前と皆やってあげるから、私は近所の皆さんからとても可愛いがられて……。建築家になれる資質というのは、あるいはそういうところじゃないかと思います。p117

商業建築というのは眼で見て計ることが出来る。それでその心を浮き立たせることが出来る。それに対して投資をする、商品を買うということは、建築が商品一つ一つの中に入っている。ものを買うということは、建築を買うのと同じことですから、これは人の眼につかなきゃいかん。つき過ぎると、今度は建築が堕落してしまう。そういう危険性がある。それが商業建築のコツだと思います。p126

何でも表現して、見せよう見せようとする、度を過ぎるということは誇張ですよ。通り越して誇張になってしまう。それをもう1つ通り超してしまうと、それは堕落だな。素人でもできるということになってしまう。p142

建築の哲学

でもね、ストラクチュアル・ライフ(構造的な生命)が永久であっても、コマーシャル・ライフ(商業的な生命)というものがありますね。それによって規制されます。だから、コマーシャル・ライフとストラクチュアル・ライフとの組み合わせをどうするかということが、設計のポイントですね。p192

どうして今日のような直線の社会、直線の氾濫が建物の中に現れるかという事です。それを頭において、これから我々自由な人間が、なぜ自分の好む線を描くことが出来ないのか、そういう社会というのがどうして出来たかということを想定しながら、あとお話しします。p205.206

今日のような大量生産の時代になってきますとね、そこに飛躍して申し上げていいかどうかわかりませんけれど、人間の我々の技術というものは、段々いらなくなって来る。…それだけじゃない。その生産の形に従うことが、最も進歩した建築だと言われる教育を、我々はみんな受けてきた。その1番最たるものが、鉄とガラスというキャッチフレーズです。p206.207

谷口先生の作品には、直線が多いでしょ。しかし、なんとも言えない品のよい直線ですね。p214

理想を言えば、何も災いのない線、何も嘆きもない線を、我々は建築の上で表すことができれば、それでいいと思います。必ず出来ます。p222

感想

村野はリアリストであると感じました。クライアントやお金の話、コマーシャル・ライフをなど様々な綺麗事でも解決できない問題にも誠実に向き合っている。しかしながら、建築における線のあり方や一と二の間を考えることにヒューマニズムを見出すなど、美を非常に大切にする姿勢もあります。この2つの共存が村野建築を作る原動力であると感じました。

About the author

衣食住、旅人本に興味がある。アウトプットメインですが読んでいただければありがたいです。

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